普段仕事をしている中での出来事や感じたことを日誌で更新していきたいと思っています。
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◆第20話 2006.4.14 イナバウアー
 スポーツの世界って私達建設業のように物作りをして直接皆に経済効果を施し、結果、世のためになっていることはないように思います。しかし、広く物事を考えますとスポーツの世界からは実はさまざまな影響・パワーを私たちに発しているように感じます。少なくとも私は、そのパワーをもらっているように感じます。例えば、悪い結果を選手のせいにしないで、その時々で選手のいい所を引き出して、勝利に結びつける名監督(落合監督、バレンタイン監督)などは、実にいい例ではないでしょうか?
 さらにトリノオリンピックで唯一のメダル(しかも一番輝かしい金メダル)を獲得した荒川静香(24歳)さんもその一人に挙げられます。トリノオリンピック フリーの3日前、たまたま私は荒川静香さんのインタビューを聞き、すごい女の子だなと思いました。内容は、今までの経緯と心境が主に話されていました。
 彼女は、過去2回の世界選手権で優勝。世界の頂点をすでに征しています。しかし、ジャッジにある国の圧力が加わって不正が行われたことが明るみになり、採点基準が大きく変更されました。美しい滑りを持ち味としている彼女は、それだけでは点が伸びないことになったのです。具体的には、ジャンプ・スピン・ステップ・スパイラルの4種目で技術点が付くというシステムに変わったということです。彼女の得意技『イナバウアー』はスパイラルに属します。しかし、そのスパイラルの採点基準では片足が腰より上に上がって初めて点が加わります。そう、皆さんご存知の通り『イナバウアー』は点数0の金メダル演技なのです。
 それから、採点基準変更後の世界大会では9位。もう私は頂点に立てないと絶望を感じたようです。しかし、いろいろな葛藤と戦いながらある決断をしたのです。
 『これじゃ終われない!』
 『後ろを振り返らず、自分に限界を定めず、満足するのはその滑りが終わった時だけでいい』
 その滑りとはトリノオリンピックのフリーなのでしょう。そんなインタビューでした。
 その後、私は彼女の演技が妙に気になり、フリー当日の朝もテレビに釘付けでした。彼女はショートプログラムを終えて3位。自分の演技に集中し自分の持っているすべての力をすべて出し切るだけとインタビューに答えていたように、テレビ画面からも映し出されていました。順番前の他の人の演技を見ようとせず、他の音が耳に入らぬようヘッドホンをしてイメージトレーニングをしているようでした。あくまでも攻めの気持ちを変えず、それでいて、欲を描かず、その滑りは始まったのです。
 その時の心境を、後のインタビューで彼女はこう話しています。
 「落ち着いて、演技を始めたとはいえ、これ以上ない大舞台で頭の中は真っ白。しかし、いくら演じても点数『0』の『イナバウアー』を演じた瞬間、不思議と大声援が聞こえ、大観衆が自分のためにこんなに声援を送ってくれているということに気がついたのです。」
 そこからの滑りはもう誰にも止められない状態だったようです。疲れの中で挑戦した後半のコンビネーションジャンプ(前半と比べ1.1〜1.2倍の点)も成功させ、滑り終えた瞬間は、あの子があの時決意した『満足するのはその滑りが終わった時だけでいい』と言ったまさにその時を実感していたようでした。
 また、インタビューの中で
 「開会式にも感動的な出来事があったのです。途中でオペラ歌手が歌を歌い出したのですが、その歌がプッチーニ作曲の『トゥーランドット』(彼女がフリーで使った曲)だったのです。その瞬間、何か運命的なものを感じました。」
 後ろを振り返らず、自分に限界を定めず、その滑りが終わった後だけ満足するために血のにじみ出るような努力をして、本番では欲をかかず自分の力を出し切ることだけに徹した大きな結果(金メダル)であると思います。
 私が励んでいる剣道の指導者 石井毅先生も共通していることを教えてくれます。
 剣道の昇段審査でよくみんなに言っていることは、
 「欲をかくな!」
 です。
 往々にして、会場に着いてから自分の審査の順番を待っていると、他の人の内容を見て
 「ああいう技がいいな。あのタイミングが有効だな」
 と見ているうちに段々欲が出てきて、いざ自分の順番になったときには、あれこれ邪念が湧いて、自分の技が思うように出ないことを多く見かけます。
 欲をかくな!の後には
 「自分の技だけを信じてぶっ飛んでいけばいいんだ」
 と続くこともしばしば。
 本当にそう思いますし、本当に私も体験していますし、実に荒川静香さんの言っていることと同じだなぁと感じます。
 欲をかくなと言われても実際には難しいのも現実です。例えば、"子供は、元気に成長してくれればそれでいい"とよく聞く話ですが、ほとんどの子供は塾通いをして受験は"ハラハラ ドキドキ"。今は桜が満開となり、真新しい制服で新入生が登校している姿が実に微笑ましく見受けられますが、つい先月は受験シーズン真っ只中で、受験する本人だけでなく親子共々、ただならぬ心境であったと思います。ちょっとのミスで悪い結果になることもありえるでしょう。しかしながら、その挫折ももしかすると、神が与えてくれた試練かも知れません。
 荒川静香さんが挫折から再び『イナバウアー』と共に立ち上がったように、その子も大きい人間に成長することでしょう。

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